3月27日午前、渋谷区の再開発の一端である新宮下公園整備工事のための準備として同公園が封鎖され、公園内にいた野宿者数名が退去させられるという出来事がありました。( http://www.reuters.com/article/us-olympics-tokyo-homeless-idUSKBN16Y1GE )。 3月28日(16時)現在、宮下公園の周囲には白い金属板が建てられ、中に入ることができない状況になっています。

宮下公園。歩道橋から公園への連絡通路は完全にふさがれている(写真は筆者撮影)

退去させられた野宿者は近隣の公園や渋谷区仮庁舎付近に移ることを余儀なくされており、現在までに野宿者と支援者合わせて2名が逮捕されています。
この一連の出来事について、既に支援者などから批判の声が上がっています。ここでは、新宮下公園整備事業の概要について触れた上で、いくつかポイントを整理しつつ私見を述べたいと思います。
新宮下公園整備事業については、2014年夏に渋谷区が公募型プロポーザルを実施し、2015年3月に三井不動産を候補事業者とした計画が作られ、一度審議未了・廃案になった後、2015年12月に現区長の下で公園整備案が可決されたという経緯があります。渋谷区と三井不動産の間では30年間の定期借地権が設定され、整備案では3階建ての商業施設の屋上に公園等を設置し、隣には17階建ての宿泊施設の建設も予定されています(詳細はこちら https://www.city.shibuya.tokyo.jp/news/oshirase/miyasita_kettei.html )。

一方で、宮下公園は野宿者・小屋生活者が人によっては10年以上前から住んでおり、これまで野宿者・支援者と区役所の間で宮下公園の整備と利用を巡って何度も交渉(衝突)が繰り返されてきました。今回の出来事も2009年のナイキジャパンと渋谷区のネーミングライツ契約以来続く問題の延長線上にあると考えてよいと思います。
以下、個別のポイントについて私見を述べたいと思います。

手続き上の問題:丁寧な話し合いが行われていたのか?

まずは手続きという観点から。今回の公園封鎖は2014年から検討が始まっていた宮下公園整備計画の実施のための工事準備ということですが、宮下公園封鎖の告知が当日(3月27日)までなされていなかったことについて批判があります( http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201703/CK2017032802000113.html )。
事前に公園内の張り紙やホームページ等で告知がなされず、27日の告知の直後にすぐさま公園を封鎖するというのは、いささか唐突であり、丁寧さを欠くように思われます。

一部の野宿者・小屋生活者に対しての説明がなされていたという話も風の便りに聞いていますが、公園内にいた野宿者全員に事前に丁寧な説明がなされ、封鎖された後のことについて話し合いがなされていたわけではないようです。無論、野宿者は人によって行動する時間が違ったりしますし、事前にアポイントメントを取るというようなことは難しく、全員と満遍なく話し合いの時間を持つということはかなりの労力を要するでしょう。しかし、少なくとも区のホームページにもっと早く情報を掲載してあれば、支援者がそれによって情報を知り、野宿をしている当事者と区役所との間で現実的な解決策を模索する機会を作れたかもしれません。

区側はひょっとすると支援者によって工事の「妨害」がなされると危惧したのかもしれませんが、当日に情報を掲載するという手段を取ったことは余計に区に対する不信を持たせる可能性があり、落ち着いた話し合いをする可能性を今回だけでなく将来的にも損ねてしまったのではないかと思います。今回、支援者の一人が公務執行妨害で逮捕されたとの情報が耳に入っていますが、そのような事態につながったのも、区側への不信が背景にあるように思います。

現実的な解決のためには当事者・支援者と渋谷区側の話し合いの場が持たれることが必要であり、実際に支援者側はこれまで渋谷区側の関係する部局や区長に対して話し合いの場を作ろうとしてきましたが、残念ながら今回の件について丁寧な話し合いがなされない状態のまま区側が公園を封鎖するという事態になっています。

野宿の否定ではなく共存を

第二に、「現実的な解決策」について。一般的に路上生活をしている人については生活保護制度やホームレス対策等の施策が利用可能であり、もちろん渋谷区でも生活保護の申請をすれば野宿状態でなくなることは可能です。

生活保護制度の詳細はここでは割愛しますが(『困った時に使える最後のセーフティネット活用ガイド』参照 )、生活保護を受けたいと考えている人に対して制度が実質的に利用可能であるという意味で開かれていることは極めて重要であることは言うまでもありません。中には「野宿なんかしてないで生活保護を受ければいいのに」と思う人がいるかもしれません。しかしながら、現在路上生活をしている人の中には様々な理由で生活保護を利用したくない人、野宿を継続しようと考えている人がいます。個別のケースについてはここでは言及できませんが、そのように考えるのはこれまでの生活や行政との関係といったその人の経験、さらには生活保護制度そのものの問題(例えば扶養照会といって家族に扶養の可否についての連絡をされる可能性があること、都内などでは一時的な宿泊先として複数人部屋や居住環境の劣悪な施設を紹介されることがあることなど)などと関係していることがあります。

現状、野宿を続けようと考えている人にとっては、今回のように退去を余儀なくされるということはいわば「生活保護か退去(排除)か」の二者択一を迫られていると感じられるのではないかと思います。渋谷区には生活保護以外にも独自のプロジェクトがありますが、それが仮に生活保護より良い選択肢であったとしても、「野宿をやめるか退去(排除)か」という選択を迫られることになるでしょう(もちろん厳密に言えば細かなバリエーションはありえますが)。

「そんなに野宿を続けたいのなら別の場所に移ればいいのでは?」と思う人もおそらくいるでしょう。しかしながら、街の開発が進み、しかも今回のケースのように民間企業などに公有地が貸し出されるようなことが起きていると寝られる場所は非常に限られてきますし、野宿者はただ寝ているだけではなく、それぞれ仕事をしていたり、友人関係があるために別の場所に移動するということは非常に大きなストレスになることがあります(別にこれは野宿に限った話ではありませんが、生活が変わることへの不安、現状の生活のなかでの仕事や関係性などを失ってしまうのは大きなリスクになります)。

「でも野宿ってそもそも不法占拠なんだから文句は言えないのでは?」という意見も当然あると思います。しかしながら野宿が不法占拠であるということから即何らかの(法的・実質的)強制力を伴う退去(排除)につながることに私個人としては必然性を感じません。例えば野宿者がいる場所でどうしても工事をしなければいけないといった場面(例えば安全のために老朽化した水道管を交換しなければいけないような場面)があったとしましょう。しかしそのような時であっても、画一的に上記のような二者択一を迫るのではなく、黙認できる状況を作っていく(上の例で言えば一時的に荷物を動かして元に戻す)という方法があってもよいのではないかと思います。

今回のケースについては、まず野宿者の生活の安定を重視する立場からすればリースとはいえ公有地に私的な性格を与えるような事業は否定されるべきものであると思います。しかし現状では違法性の指摘があるわけではなく、事業そのものは実施されるべきだと考える立場からは宮下公園で野宿を継続することを認められないということになるかもしれません。しかし、それなら野宿者の安全を確保しつつ工事を進められるような方法を考えるか、あるいは本当にどうしようもなければできるだけ近くに野宿者同士の関係性を壊さずに移ることができるように状況を整えてから公園の封鎖に踏み切ればよかったのではないかと思わざるを得ません。

もちろん、その場合には野宿者が守るべき最低限のルール――例えば寝タバコはしないなど――というものがあった方が地域住民にとってより受け入れやすくなるということはあるでしょう。野宿者に対する非介入という対応の仕方の例はオーストラリアの公的空間で生活するホームレスに関するプロトコル(Protocol for Homeless People in Public Places)があります。現状、行政側としては野宿状態を公に認めることはできないという考え方が多数派であるのかもしれませんが、その考え方を見直しても良いのではないかと私個人は考えています。

納得のいく解決策を考えるために

最後に、一点目と二点目に深く関わりますが、参加型の意思決定という考え方について。上記のようなプロトコルを作るにしても、それを実施する上でも恐らく当事者や支援者の意思決定プロセスへの参加が一定程度必要になると思います。しかしながら、参加型の意思決定という手法が機能するためには最低でも次の二つの条件があると思います。

一つは、その「参加」(するのが誰かを決める)プロセスについて透明性と機会の公正さが担保されていること。
もう一つは、潜在的な参加者にとって、参加することが実際に意思決定に影響を与えることができるという期待が持てるということです。

特に後者については、参加するということがアリバイ作りに使われるのではないか、つまり結果ありきなのにその結果を正統化するために自分たちが使われるのではないかという不安・不信がある場合には参加そのものを拒否するという考え方につながりえます。そのような不安・不信が一部の集団に集中すれば、一つめの条件も崩れることになるでしょう。

もちろん参加型の意思決定がすべてではありませんが、これを前提として考えるならば、今回の宮下公園封鎖の一連の出来事は――私が知っている限りで言えば――「現実的な解決策」を模索するための条件が損なわれるような事態になってしまっているように思われます。現在、宮下公園にいた野宿者の一部は近隣の公園等に移っていますが、今回よりも柔軟な対応がなされることを望んでいます。

ABOUTこの記事をかいた人

結城翼

1993年神奈川生まれ。東京学芸大学で社会学を学んだ後、イギリスのバーミンガム大学国際開発学部修士課程を修了。専門は都市再開発とジェントリフィケーション。大学生の時から東京都山谷地区及び渋谷区で野宿者支援運動に関わる。現在は認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやいで生活相談・支援コーディネーターとして勤務。