認定NPO法人 自立生活サポートセンター・もやい

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もやいブログ

2017.12.8

おもやいオンライン

懲罰としての『信頼による支え合い』(結城翼) #知る動く

先月の16日、今年の5月から開催されてきた厚生労働省社会保障審議会の「生活困窮者自立支援及び生活保護部会」10回目の会議が行われ、制度の見直しの視点とこれまでの議論の論点を整理した資料が公表されました(http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000184923.html)。
これらの資料に示されている今後の法改正の方向性については、すでにいくつか批判がなされてきました。ここでは、今後の制度変更の方向性を2000年代(あるいはそれ以前)からの社会保障制度をめぐる動きとの関連で捉えるための補助線を引きたいと思います。加えて、今回の制度改正の視点の一つに挙げられている「信頼による支え合い」について、思うところを述べたいと思います。

社会保障制度改革をめぐる動き

「我が事・丸ごと」地域共生社会とは

今回の制度見直しの視点として第一に挙げられているのが「地域共生社会の実現」です。これは昨年から本格的に始動した「我が事・丸ごと」地域共生社会のことを指しており、生活困窮者自立支援制度はその「中核的な役割」が期待されているとの記述があります。この地域共生社会の実現のためとしてすでに2017年の2月に「地域包括ケアの強化のための介護法等の一部を改正する法律」が可決されました。この法律の名前にも示されているように、地域包括ケアシステムの強化が地域共生社会というビジョンの中心にあります。

地域包括ケアシステムは2005年の介護保険改正以降に整備されてきました。そして、2000年代の2度の政権交代を挟んで進められてきた社会保障と税の一体改革において、後の生活困窮者自立支援制度となる新制度と「支え合いによる地域包括ケアシステムの構築」は中心的な位置を占めていました(厚生労働省,2014,「社会保障と税の一体改革の全体像」http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/shakaihoshou/dl/260328_01.pdf)。

社会保障制度の変質

2012年の「社会保障制度改革推進法」が改革の基本的な考え方の一つを、「自助、共助及び公助が最も適切に組み合わされるよう留意しつつ、国民が自立した生活を営むことができるよう、家族相互及び国民相互の助け合いの仕組みを通じてその実現を支援していくこと」としたことを記憶している方もいるでしょう。「家族相互及び国民相互の助け合いの仕組み」が具体的に何を指すのか、この文言だけから読み取ることは困難ですが、翌年に公表された地域包括ケア研究会の「地域包括ケアシステムの構築における今後の検討のための論点」(http://www.murc.jp/thinktank/rc/public_report/public_report_detail/koukai_130423)からは、これが社会保険(共助)や公的扶助(公助)ではなく個人の努力(自助)やボランタリーな活動(互助)の役割を大きくし社会保障を変質させるという方向性をはらんでいたことは明らかです【注1】。そして繰り返しになりますが、この考え方の下で整備されてきた地域包括ケアシステムが「地域共生社会」の中心にあります。

無論、この間の「改革」は10年以上に渡る動きであり、しかも2度の政権交代を挟んでいるため、常にこの方向で一貫した議論がなされていたとみなすことはできません。また、ここで触れた社会保障改革が叫ばれる以前から進められてきた国と地方の関係性の変容という流れとの関連も考慮にいれる必要があります。しかしながら、地域共生社会という考え方、そして今回の制度見直しも突如現れたものではなく、上記のような流れのなかで捉えることができるということは確認しておくべきでしょう。

「信頼による支え合い」?

以上のことを踏まえた上で、改めて制度見直しの視点と論点を見てみましょう。問題点は多々ありますが、今回注目したいのは、見直しの視点の最後に上げられている「信頼による支え合い」です。具体的には資料には次のように書かれています:「生活困窮者に対する自立支援は、「支え手」「受け手」といった関係を超えた自立を目指す制度であり、支援を受ける立場と支援する立場の相互信頼が重要である。支援する立場は、支援を受ける立場の人の尊厳を尊重し、支援を受ける立場の人は、誠意をもって社会の一員として積極的に参加するという「信頼による支え合い」が実現するような制度を目指すことが必要ではないか」。以下、この点について少し詳しく見ていきたいと思います。

制度の信頼は利用者の問題?

「信頼による支え合い」という視点について、一見するともっともなことを言っているようにも見えますが、〈もやい〉理事長の大西(https://news.yahoo.co.jp/byline/ohnishiren/20171117-00078245/)がすでに指摘しているように制度利用にさらなる条件が付されるかのようにも読めますし、その漠然とした言い回しにも不安を覚えます。実はこの「信頼による支え合い」については論点整理のなかで細かく言及されています。そこでは何より最初に生活保護の不正受給についての言及があったのち、「真に支援が必要な者には確実に保護が行われることを十分に留意することは当然であるが、制度に対する国民の信頼を高めるための適正な制度運用に努めることが重要である」との文言があります。この書きぶりはまるで生活保護制度への信頼の問題を被保護者の側だけに帰責しようとしている点で、非常に問題があると思います(言うまでもなく過失でも不正受給とされてしまう可能性のある現在の運用自体も問題ですが)。

2013年の社会保障審議会「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会報告書」では、不正受給についての言及もあるものの、先進国と比べた時の被保護者の割合に対する支出規模の相対的な低さや、被保護者の困窮状態などに触れた上で「制度への信頼と理解を得るうえで、生活保護制度をめぐる客観的事実は正しく伝えていくべきである」という一文がありました。生活保護などをめぐる誤った情報や悪質な語りがマスメディアやインターネットにあふれている現状において、この一文が(少なくとも文章化された資料から)欠けていることの意味は深刻であると思います。

「信頼による支え合い」という言葉の背景にあるもの

今回公表された資料では、「信頼による支え合い」という視点から多岐にわたる論点が提示されていますが、ここでは「生活保護の医療扶助費の適正化」のなかの「薬剤費対策」の一点に絞って論じたいと思います。この部分ではいわゆるジェネリック医薬品と呼ばれる後発医薬品の使用の促進が生活保護行政において進められてきたことに言及し、「医師等が一般名で処方したにもかかわらず薬局において後発医薬品が調剤されなかった理由として、「患者の意向」の割合が6割以上という調査結果もあるが、制度に対する国民の信頼を確保するため、更なる取組が求められている」としています。

この点について、まず指摘すべきなのは、患者(制度利用者)の意向で後発医薬品が調剤されなかったケースがあるにもかかわらず、「制度に対する国民の信頼を確保するため」に取り組みを促進するというのは被保護者の視点が完全に欠如したものでしょう【注2】。おそらく、「後発医薬品は生活保護受給者だけでなく一般に対しても推進されているのだから問題ないのでは」と考える方もいらっしゃるでしょう。しかし、生活保護制度を利用していない人に対してテレビの広告などを通して後発医薬品の利用が促進されることと、極端に言えば生殺与奪の権限を握っている福祉事務所が被保護者に対して後発医薬品利用を促すことあるいは「指導」することは等価なものと見なされてよいものでしょうか。

今回の見直しの視点では「支え手」と「受け手」の関係性を超えた制度といった考え方も言及されていますが、「支援者」と「被支援者」はどんな言葉で取り繕おうとも非対称な関係性にならざるを得ません。このことを踏まえれば、生活保護行政のなかで後発医薬品の利用を制度利用者に対して促すということは、制度利用者の選択肢をそれ以外の人よりも狭める危険性があることだと考えられます。もちろん、生活保護に限らず何かしらの制度を利用するということはなんらかの条件を満たしたり制約を受けたりすることは至極一般的なことであり、それ自体が問題であるわけではありません。しかし、上記のような制約は生活保護を利用する上で必要な制約だとは到底思えず、さまざまな理由で生活に困窮して生活保護制度を利用している方々から、そうではない方々には当然認められている自由を奪ってしまうような制度変更となってしまいかねないと思います。部会に参加している委員のなかでもさまざまな意見があることと思いますが、「生活保護を利用しているのだから○○は我慢するべき/○○をするべき」といった議論が簡単に正当化されてしまうとすれば、その背景には制度を利用している方々を見下すような考え方があるのではないかと感じます。先に触れた社会保障制度の変質は費用負担をめぐる再編のなかで自助と互助を要請するものでしたが、生活保護制度などの公助の代表的な仕組みにおいても、利用者本人に問題を押しつけるような動きが起きていることには、注意すべきだと思います。

なお、生活困窮者自立支援及び生活保護部会の報告書案が12月11日の第11回部会で議論される運びとなっています。本報告書がどのような内容になるか、注視していく必要があります。[了]

【注】
(1)2013年8月の社会保障制度改革国民会議最終報告書(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kokuminkaigi/pdf/houkokusyo.pdf)は、「日本の社会保障制度においては、国民皆保険・皆年金に代表される『自助の共同化』としての社会保険制度が基本であり、国の責務としての最低限度の生活保障を行う公的扶助等の『公助』は自助・共助を補完するという位置づけとなる」として、「社会保障制度に関する勧告」(1950)の考え方を踏襲していると言っています。しかし、「地域包括ケアシステムの構築における今後の検討のための論点」では第一部「地域包括ケアシステムの理念」のなかで「『共助』『公助』を求める声は小さくないが、少子高齢化や財政状況を考慮すれば、 大幅な拡充を期待することは難しいだろう。その意味でも、今後は、『自助』『互助』 の果たす役割が大きくなっていくことを意識して、それぞれの主体が取組を進めて いくことが必要である」としています。

(2)資料を精読すれば後発医薬品を望まない明確な理由を言わなかった場合などに限り健康管理指導の対象とするという考え方が提示されているようです。しかし、法に基づき、あるいは被保護者の視点に配慮して働いているケースワーカーもいらっしゃる一方で、残念ながら生活保護のいわゆる水際作戦が未だに横行しているような状況のなか、このような取組を進めれば被保護者が薬を選択する権利を侵害する可能性は決して低いとは言えないでしょう。

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