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もやいブログ

2018.6.1

おもやいオンライン

国連の専門家による警告から考える生活保護(結城翼)

去る5月24日、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が「『貧困層の社会保障を脅かす生活保護削減』国連の専門家が警告」というタイトルのプレスリリースを発表しました。国連の人権専門家4名【註1】が連名で今年中にも実施されるであろう生活保護費の見直しに伴う保護費の減額と現在国会で審議中で本日午後にでも可決成立する見込みの生活保護法等を一括で改正する法案について、日本政府に対して警告を発したという内容です。

プレスリリースそのものについてはOHCHRのWEBページにて英語と日本語で本文が読めるようになっています。多数の重要な論点が提示されていますが、プレスリリースという性格もあり、端的な表現となっているため、いくつかにしぼってここで詳細に紹介したいと思います。

 

1.保護基準の決定と政治性

今回のプレスリリースは、2017年末から調整されてきた保護基準の見直しについて、意図的な政治的決定(緊縮政策)であると見なした上で【註2】、次のように述べています。

日本は緊縮政策が必要な時においても、差別を撤廃し、すべての人に基本的な社会的保護を保証する義務がある。貧困層の人権への影響を慎重に考慮せずに採択されたこのような緊縮政策は、日本の負っている国際義務に違反している

ご存じの方も多いと思いますが、生活保護の基準(の定め方)の見直しは定期的に行われており、近年では厚生労働省の生活保護基準部会での議論を踏まえてなされることになっています。そこではさまざまな統計調査によって得られたデータをもとに、保護基準の見直しについての議論がなされます。しかしながら、この基準部会で提示された数字がそのまま保護基準として採用されるわけではありません。実際、2017年末から2018年初めにかけて、居住地や世帯人員などの状況によってはあまりにも大幅に基準が引き下がってしまうことについて批判があり、政府内での調整で引き下げ幅は5%以内に留め、引き下げも段階的になされることとなりました。このようなことから、保護基準の決定が政治的なものであることは明白です。

プレスリリースには「日本は緊縮政策が必要な時においても、差別を撤廃し、すべての人に基本的な社会的保護を保証する義務がある」という文言があります。〈もやい〉には生活に困窮した人からの相談が4000件ほど寄せられていますが、その中には生活保護を利用中の方も多くいます。そしてそのお話を聞くと、もちろん個人差はありますが、果たして「基本的な社会的保護」を保証されているといえるのか、疑問に思わざるを得ない状況が多々あります。このような状況下で世帯によってはさらに基準が引き下げられてしまうのでは、ここで言われているような「義務」が果たされないことは確実なことになるでしょう【註3】。今回の「警告」は条約などのように法的拘束力を持つものではありませんが、そこで言われていることについて深刻に、また真剣に受け止める必要があるように思います。

なお、〈もやい〉ではAQUITASと協力して生活保護基準の引き下げが保護利用者だけの問題ではないことを解説するパンフレットを作成しましたので、よろしければこちらもご覧ください。

 

2.改正生活保護法について

今回のOHCHRによるプレスリリースは生活保護費削減に関するものですが、最後に改正生活保護法についても触れています。この改正法案については〈もやい〉理事長の大西が5つの問題点をまとめていますので、こちら(「『生活保護改正』は一体誰のため?5つの問題点を徹底解説」)をご覧ください。ここでは、プレスリリースで唯一触れられている医薬品の問題について少し詳しく触れたいと思います。

今回の改正案では被保護者は後発医薬品、いわゆるジェネリック医薬品を原則として使用させることとされています。これは厚生労働省の「生活困窮者自立支援及び生活保護部会」で議論されてきた内容を踏まえて盛り込まれたものですが、これには重大な問題があります(以前、私自身が関連する記事を書いた時点では原則化が決定していませんでしたが、今回は原則とすることが明文化されています)。国連の専門家は「生活保護受給を理由に、医薬品の使用に制限を課すことは、国際人権法に違反する不当な差別に当たる。政府は改正法案を慎重に再検討するよう強く要請する」と述べています。

上記の記事でも述べたように、「生活保護を利用しているのだから○○は我慢するべき/○○すべき」といった考え方からは、制度を利用している方々を見下すようなまなざしを感じます。おそらく、これは長らく議論されてきた生活保護にかかる医療費の削減の目的のために導入された変更点であると思われます。しかしながら、生活保護費に占める医療扶助費は他の扶助に比べて多いものの、生活保護費自体が社会保障費全体から見ればさほど多いとはいえず、このような変更をしたところで社会保障費削減に寄与するとは考えにくいでしょう。いうまでもなく、社会保障費を削減したいがために制度を変えるという考え方が今回の改正の背景に本当にあるとしたら、それ自体が非常に問題含みですが、この点を括弧に入れたとしても、今回の改正がさほど有効な手だとは思えません。社会保障費の支出抑制と被保護者の権利は天秤にかけられるべきものではありませんが、前者に資するとも思われないような変更を施して生活保護を利用している人に対する差別的な取り扱いを定めてしまうことには大きな疑問が残りますし、理解に苦しむところです。この点についてはぜひ国会で再検討し、見直すべきであると考えます。

 

(1)ここで言う国連の人権専門家は国連人権理事会の「特別手続き」と総称される事実調査・監視の任務にあたる人びとです。プレスリリースにもあるように、この専門家たちは国連の職員ではなく、また金銭的報酬を受け取っていないという意味で国連からも独立しています。

(2)このプレスリリースでは今回の基準の見直しが「緊縮政策」であると見なしています。これが意味しているところは、財政支出を削減するために意図的に保護基準が引き下げられたということであると専門家たちが考えているということだと思われます。方法論上の限界や他の要因ではなく政策決定者による意図に基づいて今回の基準が引き下げられたと信じるに足る根拠はプレスリリースの中には示されていませんが、そうではないと信じるに足る根拠もないのが実情です。とくに、最近の「働き方改革」をめぐる調査の問題などを踏まえれば、そのような疑いを持たざるを得ないでしょう。なお、方法論についてはプレスリリースでも触れられていますが、ここでは割愛させていただきますが、先述の部会の議事録と資料に詳細が記述されています。

(3)生活保護の基準がまずもって被保護者の権利の保障という観点から議論されるべきであると前置きをした上で、別の観点から付け加えると、日本の人口においてかなりのボリュームを形成している被保護者の購買力を低下させることは日本全体の経済状況の悪化につながることはあれ、良い方向に寄与するとは考えにくいでしょう。そのような状況下で財政規律をいたずらに追求しつづければ生活保護利用者のみならず、日本で暮らす他の人びとの首をも締めることにつながりかねないのではと危惧しています。

 

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