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もやいブログ

2017.10.17

おもやいオンライン

政治は「見えない声」を聞くことができるのか【大西連】(都政新報10月17日寄稿)

この文章は、本日(10月17日)発売の都政新報に寄稿したものです。Webでのアップに快諾していただいたので、こちらにも掲載します。紙面もチェックしていただければうれしいです。(大西連)

東京新宿西口。23時。昼間の暑さとうって変わって夜風が心地よい。
オフィスビルが集まるエリアに人影はまばらだ。片側4車線の幹線道路はドライバーが仮眠をむさぼるタクシーに、時間をつぶす高速バスが列をなして駐車している。その車列にまぎれて、大きな荷物を抱えた小さな幾人もの影が集まってくる。あるものは段ボールを組み立て、あるものは寝袋を拡げる。

新宿には100人以上の「ホームレス」が存在する。

東京新宿東口。深夜2時。眠らない街の喧騒はとどまるところを知らない。
雑居ビルの一角のネオンのなかに、24時間営業の店舗が乱立する。ナイトパック1500円、リクライニングシート完備1800円、完全防音2000円。終電を逃したサラリーマンや大学生ではなく、身分証のありなしや数百円の違いで一喜一憂する人たちがいる。マンガを物色するでもなく、ネットでゲームに興じるのでもなく、狭いブースに入ると器用に身体を丸め、眠りにつく。

新宿には数百から数千人の「ネットカフェ難民」が存在する。

そして、「ホームレス」も「ネットカフェ難民」も、昼間には存在しない。街が眠りにつく夜半に現れ、日が昇ると消えていく。彼ら彼女らは「見えない」存在であり、生活圏も多くの人とは重ならない。しかし、確かに存在している。同じ街で、同じ社会で、同じコンビニで買い物をして生きているのだ。

「貧困」は可視化されたか

2000年代に入って、日本の「貧困」は徐々に可視化され、さまざまな諸制度も少しずつではあるが整備されてきた。
2002年に「ホームレス自立支援法」が成立して「ホームレス対策」を国の責任としておこなうようになったり、2008年のリーマンショック以降は、第二のセーフティネットと呼ばれる「求職者支援制度」が成立したり、その対策による成果も少しずつではあるが出始めていると言えよう。
2013年には「子どもの貧困対策基本法」が与野党をこえた全会一致で成立するなど、メディアでの報道も含めて、「貧困」というものは認知され、解決されるべき課題であると社会的に共有されてきたとも言える。

では、実態はどうだろう。日本の「貧困率」は15.6%だ。(2015年厚労省「国民生活基礎調査」)
6人に1人が「貧困」である。向三軒両隣のなかで一軒が「貧困家庭」。30人の小学校のクラスで4人~5人の子どもが「貧困」である。
正直に言って、これは多いだろう。自己責任と切り捨ててしまうことはできない規模に、実態としての「貧困」は間違いなく拡がり、深刻化している。

政治は「見えない声」を聞くことができるのか

10月10日に衆議院議員選挙の公示日を迎えた。野党第一党が事実上解党し、分裂して新党が2つできた。与党は隣国のミサイル問題の危機を叫び、昔ながらの野党は護憲を訴える。消費増税の是非や原発の取り扱い、教育分野への投資など、重要な論点は多いが、メディアでの報道を見る限り、政策論争は空転し、多数派になることを争う政局に終始している。

各党のマニュフェスト(公約)を見ても「貧困対策」の施策は見えない。教育や子どもについての言及はあっても、「貧困」という言葉は使われにくくなっているのだろうか。
「貧困」は可視化されたが、「見えにくい貧困」は「言及されにくい問題」になってしまったのだろうか。

政治は誰のためにあるのか。これは、選挙のたびに私たちに突きつけられる問いだ。

新宿の「ホームレス」も「ネットカフェ難民」も、この日本社会でともに生きている。彼ら彼女らは「見えない存在」かもしれないが、この社会の一員であり、この社会がもたらすさまざまな要因によって(雇用の変化や社会保障の不備などによって)、住まいを失ったり経済的に困窮しているとも言えよう。

私たちが理事長を務める〈もやい〉では、今回の選挙にあわせて下記の声明を出した。

【緊急声明】貧困対策を最優先課題にしてください【衆院選】2017.10.5

政治は「見えない声」を聞くことができるのか。この選挙は、各党、候補者の訴えにしっかり耳を傾けて、私たちの社会の未来をみすえた選択をする機会としたい。

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