〈もやい〉を退職します!

このたび家庭の事情により〈もやい〉を退職することにしました。
新型コロナが収束せず多忙な最中に辞めることに申し訳なさを感じています。

私が入居支援スタッフとなったのは2015年7月でした。
2012年6月からボランティアとして参加しましたので、
〈もやい〉には8年通っていたことになります。
当時〈もやい〉の活動場所は、生活相談とサロンがこもれび荘、
事務がアゼリア、入居支援がうたしぱでした。その後入居支援と事務が
アゼリアに統合された後しばらくして、2017年4月にみどりビルに引っ越しました。

入居支援スタッフになったばかりの頃は幾分余裕があったので、
保証人・未更新の方で連絡がつかない方への訪問を行いました。
ご病気で〈もやい〉まで来たくても来られない方もおられ、
そのおひとりは1年後亡くなられましたが、
亡くなった後のお部屋はゴミでいっぱいでした。
この方は満足のいく暮らしをおくれていたのか、
年4回の安否ハガキだけではなくこちらから
コンタクトをとる機会をもつべきではなかったかという思いが残りました。

そこで、2016年に地域生活を考えるプロジェクトを立ち上げました。
このとき、スタッフやボランティアから多くの貴重な意見が出ました。
もっとも、理由もないのに訪問をするのは行き過ぎではないかという考えも否定できず、
また東京は広範囲に渡る反面十分な人手がないということもあり、
私の力不足から新しい形を生み出すことはできませんでした。

2018年度に滞納担当になり、滞納で相談を受けた方を中心に
自然とお互い顔と名前を覚えることができました。
契約更新の機会には「困ったことがあったらすぐに相談してください」と伝え、
その際「本気で」ひとりで悩まないでほしいと思っているんですよ!
という気持ちが伝わるようにしました。

今回のコロナ禍で5月以降現在(10月9日)まで〈もやい〉が
保証人をしている方のうち13人の方が天に召されました。
ほとんどの方が、病院ではなく、ご自宅でおひとりで旅立たれました。
どのような形で人生にピリオドを打つかは他人がとやかく言うものではありませんが、
もっとあたたかく見送ることができたのではないかという思いは残ります。

いま現在保証人を引き受けている方は449人。緊急連絡先は804人。互助会員は155人。
〈もやい〉結びの会員は全部で1408人いらっしゃいます。
ご本人からのアプローチがないと支援しないというのは〈もやい〉の事実上の限界であり、
他方で人権面からあえて線を引いているところでもあります。
そこのところをどう考えていくのか、無責任ではありますが次の方に託したいと思います。

〈もやい〉は現在、土曜日の都庁前相談会などをはじめ
コロナ禍で生活に困窮した方への支援に懸命に取り組んでいる毎日ですが、
サロンなどの交流事業は感染を避けるため中止になっています(少しずつ再開する予定)。
遠い、仕事がある、などサロンに来られない理由はいろいろです。
ただ、だんだん通っていくうちに、良くも悪くも顔と名前を覚えられ、
帰った後もなんらかの余韻が残ります。そして話題に上るようになり、
最近顔みないけど元気かな? と言われるようになります。
そうなると、知り合いもでき、お互い〈もやい〉を通さないで
電話したり会ったりするようになっていきます。

いちどきりの人生ですから、他愛もない話をしたり、けんかしたり、
おいしいご飯を食べたり、笑いあったりする機会が日常的にあるといいなと思います。
〈もやい〉はサロンのほか、月2回の珈琲焙煎、月1回の農業体験も開いています。
コロナ下の制約は今後も続くと思いますが、一度問い合わせてみられたらいかがでしょうか。
〈もやい〉はもともと支援につながった人が次に自分ができることをして
〈もやい〉結びの輪をつなげていくという伝統があります。
〈もやい〉が彩りある人生の一助となればいいと私は思います。

最後になりますが、私に仕事と成長の場を提供してくれた〈もやい〉と
同僚スタッフ、ボランティア、あうんや府中派遣村の方々、林先生、
そしてなによりもやい結びの会員の皆様に感謝します。
また顔を出すこともあると思います。そのときはよろしくお願いします。
ありがとうございました!(武笠)

入居支援事業の引き継ぎをする武笠さん

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